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オスマン外交のヨーロッパ化 ―片務主義外交から双務主義外交への転換―

著者
尾高晋己 
シリーズ
 
助成
 
判型
A5 
ページ
528 
定価
本体 8000+税 円 
発行日
2010年9月1日 
ISBN
ISBN978-4-86327-116-6 
Cコード
C3022 
ジャンル
歴史・考古・民族/欧米
 
内容
伝統的な片務主義外交が、とりわけ18世紀末ロシアとの関係史を軸にいかにして双務主義外交へ変容するか。講和交渉・講和条約の内容や書式の点からその過程を明らかにする。
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 はしがき
 凡  例
 略語一覧

     

 第1節 オスマン帝国とヨーロッパ国家系の関係
  1 オスマン帝国とヨーロッパ国家系とのかかわりについて
  2 オスマン帝国とヨーロッパとの国際関係の時代区分
 第2節 イスラームの世界観
  1 「イスラームの家」dar al-islamと「戦争の家」dar al-harb
  2 ムスタミン
  3 ズィンミー
 第3節 オスマン帝国の外交方式と外交原則
  1 不対等性の原則
  2 占有物保留(ラテン語ではuti possidetis,オスマン語ではala halihi)の原則
  3 国境画定の方法
  4 書記官長レイス=エフェンディreis efendi,レイスユルキュッターブreisu’l-kuttab
  5 通訳(ドラゴマンdoragomann,テルジュマンtercuman)
  6 「条約」文書の種類


     第1部 片務主義外交


第1章 片務主義外交前期──ジトヴァトロク条約(1606年)について──
  1 ジトヴァトロク条約締結までのハプスブルク=オスマン関係
  2 ジトヴァトロク条約についての学説
  3 Bayerle, G.発見の史料

第2章 片務主義外交後期──第一次ロシア=オスマン戦争(1768~1774年)──

 第1節 戦争の経過と講和交渉
  1 戦争の勃発
  2 戦争の経過
  3 イエルギョギイ休戦条約
  4 フォクシャンFoksan交渉
  5 ブカレストBukres交渉
  6 戦争再開
  7 キュチュク=カイナルジャ交渉
   結  び
 第2節 キュチュク=カイナルジャ条約(1774年)について
  1 オスマン語条約文
  2 イタリア語条約文
  3 ロシア語条約文
  4 仏語訳の条約文
  5 英語訳条約文
  6 独語訳条約文
  7 その他
   結  び
 第3節 キュチュク=カイナルジャ条約の書式と主な条項
 第4節 キュチュク=カイナルジャ条約の第13条についての一考察
  1 オスマン帝国の外交原則
  2 ヨーロッパの諸君主への称号
  3 第13条の内容
  4 18世紀のヨーロッパの国際関係とロシアの台頭
  5 オスマン語史料において使用されたロシア君主の称号の事例
  結  び
 第5節 キュチュク=カイナルジャ条約の第7条及び第14条に見られるオスマン領内のキリスト教徒に対するロシアの保護権について
  1 第7条・第14条についての研究史
  2 第7条の内容
  3 第14条の内容
  4 なぜ拡大解釈が生まれたのか
  5 フランスに与えられたキリスト教徒(教会)の保護権
  6 オーストリアに与えられた保護権
   結  び

第3章 オスマン帝国とロシアの通商・航海条約(1783)について
  1 締結にいたる過程
  2 条約文の形式的特徴
  3 条約文の内容上の特徴
   結  び

第4章 片務主義外交後期──第二次ロシア=オスマン戦争(1787~1792年)──
 第1節 戦争の経過と講和交渉
  1 戦争の勃発
  2 1787~1788年の戦い
  3 1789年の戦争と外交
  4 1789~1790年の国内情勢
  5 プロイセンとの同盟(1790年)
  6 1790年のオスマン帝国の内外の情勢
  7 ライヘンバッハ協約(1790年)
  8 1790~1791年の講和交渉
  9 1790~1791年の戦い
  10 1791年の戦いとオーストリアとの講和交渉
  11 ヤシ交渉
   結  び
 第2節 ヤシ条約(1792年)について
  1 条約文の内容
   結  び


     第2部 双務主義外交への転換


第1章 セリム3世(在位1798~1807年)の外交改革
  1 最初の常駐使節派遣
  2 第二代英国大使イスマイル=フェルフ=エフェンディ
  3 フランスへの常駐使節の派遣
  4 プロイセンへの常駐使節派遣
  5 オーストリアへの常駐使節派遣
  6 常駐使節の補充
  7 大使館員の給与と諸手当
  8 イスタンブルにおける在外公館への,オスマン政府による補助金の打ち切り
   結  び
第2章 カンポ=フォルミオの和約(1797年10月)以後における対ロシア政策の変化
  1 フランス革命の展開
  2 フランス革命へのオスマンの対応
  3 カンポ=フォルミオの和約(1797年10月17日)とオスマン帝国
  4 ロシア使節コチュベイと書記官長メフメット=ラーシド=エフェンディMehmet Rasid Efendiとの会談(ヒジュラ暦1212年ジェマズィエルアヒル月15日,西暦1797年12月5日)
  5 書記官長アティフ=エフェンディの覚書
  6 ボナパルトのエジプト侵略(1798年5月)
  7 パリ駐在アリー大使とタレーラン
  8 書記官長アティフ=エフェンディとフランス代理大使ルフィンとの会談
  9 アリー大使とタレーランの会談(1798年7月21日)
  10 フランス軍のエジプト侵略,帝都に伝わる
  11 フランスへの最初の対抗策
  12 フランスと国交断絶
  13 フランスへの宣戦布告
  14 オスマンの書記官長とイギリス・ロシア両国使節との会談(1798年9月10日)
  15 オスマンの書記官長とロシア使節との会談(1798年9月24日,9月27日)
  16 オスマンの書記官長とロシア使節との会談(1798年10月1日,10月4日)
  17 対仏ロシア=オスマン同盟条約(ヒジュラ暦1213年レジェブ月26日,西暦1799年1月3日)
   結  び

     結  語


資  料
1 イスタンブル駐在ロシア使節とオスマンの書記官長との会談(1797年12月4~5日)
  転写相違対照表
2 イスタンブル駐在ロシア使節およびイギリス使節とオスマンの書記官長との会談(1798年9月10日)
2 イスタンブル駐在ロシア使節とオスマンの書記官長との会談(1798年9月24日,9月27日)
4 イスタンブル駐在ロシア使節とオスマンの書記官長との会談(1798年10月1日,10月4日)
地名表記
地  図

 史料及び参考文献
 あとがき
 トルコ語要旨
 索  引
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