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四六判228頁・定価1,890(本体1,800円+税)円
SBN978-4-86327-072-5 C0021
2009年9月18日発行

【著者】こてら まさお
昭和31年生まれ。昭和52年成蹊大学入学。その後国鉄に入社。現在JR西日本勤務。

著書「浜田城炎ゆ」(2008年)
目 次
グラビア解説
<1 浜田城全景復元図/2 石見津和野城絵図/3 石見浜田城図/4 タルタリア図/5 タルタリア図の中の日本部分拡大図/6 ティセラの日本図/7 出石城下町絵図/8 竹島事件で密貿易の舞台となった鬱陵島>

はじめに

石見銀山領
一、石見銀山の歴史
 1 銀山の発見と発掘
 2 銀山の争奪
 3 毛利元就の銀山運営
 4 秀吉の支配
 5 家康による直轄化
   御直山開発/天領支配
 6 世界史の中の石見銀山
   ポルトガルの交易/ヨーロッパ古地図の中の
   石見銀山

二、採掘と銀山経営
 1 荷分け方式
 2 採鉱と運搬
 3 労働環境と報酬
 4 採掘の状況
 5 採銀
 6 多量の材木・木炭消費
 7 品位鑑定と運上

三、銀の運送路
 1 温泉津沖泊道
 2 鞆ヶ浦道
 3 尾道道
四、鉱山の開拓
 1 主な鉱山
 2 個人経営の鉄山

五、銀山発展に貢献した人物
 1 井戸平左衛門
 2 竹村丹後守

六、銀山遺跡
 1 釜屋間歩
 2 大久保間歩
 3 龍源寺間歩
 4 山吹城跡
 5 清水寺
 6 佐毘売山神社
 7 勝源寺
 8 熊谷家住宅
 9 旧河島家遺宅
 10 羅漢寺五百羅漢
 11 大久保長安逆修墓
 12 井戸神社
浜田藩
一、浜田藩の歴史
 1 古田氏と築城
 2 松平周防家
 3 本多家と明和の宗論
 4 松平周防守家帰藩
 5 松平右近将監家
   救民政策としての社倉

二、お家騒動
 1 古田騒動
   古田家来逆意記/古田騒動記
 2 鏡山事件
   松田察の墓
 3 仙石騒動

三、竹島事件
 1 概要
 2 竹島事件と間宮林蔵
   竹島の領有権紛争の歴史的経緯/間宮林蔵

四、益田氏の誕生と終焉
 1 益田七尾城の築城と益田の形成
 2 三隅・福屋・周布三家の誕生
五、浜田藩の殖産興業
 1 柿木山の薪炭材
 2 匹見町の木材と漁業
 3 遠田の畳表
 4 製鉄業
   製鉄/鉄の産出と運搬/販売ルート
 5 長浜刀工・出羽刀工直綱
 6 石見半紙
   斉藤六左衛門と広兼父子
 7 産紙の発展
   国東治兵衛と石州半紙
 8 石見陶窯
   石見焼/長浜焼/和木焼/万年山焼/
   神主焼と白川焼/石見瓦/長浜人形/根付
 9 石央の石造美術
   安国寺開山宝篋印塔/三隅悪五郎の五輪塔
   墓/周布氏の宝篋印塔墓
 10 石西の石造美術
   福王寺十三重塔/益田兼見の五輪塔墓/
   
益田藤兼の五輪塔墓/医光寺の地蔵菩薩/
   医光寺の幸の神/妙義寺の石橋
 11 美術的な庭園の数々
   医光寺の庭園/萬福寺庭園/
   唐音の砦の石垣
 12 妙好人伝
津和野藩
一、歴代の城主
 1 能登の豪族吉見氏
 2 一代で断絶した板崎直盛
   千姫事件
 3 幕末まで続いた亀井氏

二、地勢と城の概要

三、城下町の形成
 1 城主の居館
 2 津和野藩の江戸の所有地
 3 大阪蔵屋敷
 4 津和野藩御船屋敷

四、殖産興業
 1 多胡兄弟による産業開発
 2 抄紙の奨励と紙業発展

五、教育投資と天保の改革
 1 人材育成
 2 天保の改革
 3 文教改革

六、津和野街道と乙女峠
 1 津和野街道
 2 乙女峠に関する悲話
七、津和野藩の文化遺産
 1 文化遺産
   永明寺所蔵「絹本著色十六羅漢像」/
   太鼓谷稲荷神社所蔵の天球儀と地球儀/
   鷺舞
 2 津和野の石造文化財
   吉見頼行の宝篋印塔墓/吉見正頼夫人の
   宝篋印塔墓/板崎出羽守の墓碑/亀井政矩
   の墓碑/亀井茲親の墓碑/西寿庵の墓/
   興源寺の無縫塔/永明寺戒壇石/畑迫邑輝
   にある地蔵菩薩/鷲原八幡宮狛犬

八、津和野藩を代表する人材
   津和野藩十一代目藩主の亀井茲監/国学者
   の大国隆正/国学者の福羽美静/西周/
   森鴎外

九、津和野藩の歴代藩主と主な年代事項
   初代亀井豊前守政矩/二代目茲政/
   三代目隠岐守茲親/四代目因幡守茲満/
   五代目豊前守茲延/六代目信濃守茲胤/
   七代目能登守矩貞/八代目隠岐守矩賢/
   九代目大隈守茲尚/十代目能登守茲方/
   十一代目隠岐守茲監/十二代目茲明

付・貢献のあった人物
参考文献
あとがき
「はじめに」より抜粋
 代々の浜田藩主は、老中や老中首座として任命され、中央で重用された。鏡山事件で名を馳せた“烈女お初”や、密貿易によって藩の赤字財政を手助けした廻船問屋の会津屋八右衛門のような人物の出現。富春・小川厳水・永見巌等に代表され、国内だけでなく海外にも紹介された根付彫刻家の誕生。北廻船で全国各地に運搬された長浜人形や石見焼の製品。全国的に地名度の高い石見半紙、石見畳表、柿木村・匹見町で産出された木材、出羽・井野で採掘された砂鉄。全国的に流布した「妙好人伝」に紹介された有福の善太郎の話等々。これらは浜田藩領内に展開していた高度な産業とその結晶であり、香り高い文化の結実であった。この、国内でも有数な輝きのある経済の繁栄と文明、それを育んでいた浜田藩政の実態を知った時、私は感動し、心が高まったのである。

 浜田藩の西に隣接する長州藩は、数々の殖産興業と有効な経済政策の実施で藩を強い経済体質を持った存在へと造り上げ、優秀な人材と英国式軍備を駆使して、倒幕を成し遂げて明治維新の功労者となり、祭り上げられ脚光を浴びた。

 一方、東に隣接する大森銀山領は、一時期、世界の銀の三分の一を産出する鉱山として世界的に知られ、大森の町は活気で漲っていた。ここで働く人は年々増えて一大都市を築いていった。江戸幕府も収入源として重要視し、幕府直轄領として大森の町を支配していた。先般、世界遺産としてその全貌が知られる事になったのであるが、国際的観光地としての大森の歴史は貴重で専門家の関心を集めている。

 また、浜田藩の西南に位置して、浜田藩と同じ経済体質をもち、幕末時に多くの人材を輩出した津和野藩は、浜田藩領内に領国を持ったり、殖産興業の歴史も浜田藩の産業発展と密接に関連し合っていた。

 浜田藩はこの三つの地域に隠れて、関心の隅に置かれてきたように見えるが、史実を見ると、両域よりも国内のみならず海外にも評価されていたのは浜田藩ではなかったかと思うようになった。そして数々の歴史的事実を解析して広く公表することを考えたのである。(略)

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